雨降りみちる世界の火 宵風は、なにかを貰うのがあまり好きではない。 壬晴はしかしそんなのはつまらないと思う。だって、宵風に色々あげてみたいのだ。例えば花が好きなら花を、猫が好きなら猫を。気羅で色んなものが宵風の器から落ちていくのだから、そこにせめて何か足してみたっていいじゃないか。 しかし宵風は首を横に振る。「僕には何も返せないから」とはっきり拒絶される。ならばこちらも何かを貰えばいいのかもしれないけれど、壬晴は宵風にあげたいものも失くしてやりたいものも百を超えるというのに、宵風から欲しいものはひとつとしてなかった。 だから、宵風にあげられるものはなにか。宵風から受け取れるものはなにか。それらふたつをいつだって同時に考えているのだ。 「なあ、おい、やっぱ和穂んとこに行くか?」 ある秋晴れの日のこと、その宵風と、二時間ほど外でぼんやりと過ごさなくてはいけないことになった。 ふたりはもう家の鍵をかけ、電車さえ降りていて、今は宛ても無く人もまばらな道を歩いているところだった。ふたりでだ。だというのに雪見は宵風の携帯に電話をしてきて、壬晴に替わらせると未練がましくそんなことを言う。 ------------------- 「分かった。いってらっしゃい、雪見さん」 それから通話を切ってありがとうと宵風に返すとき、携帯につけられたゆきだるまのストラップが目に入った。ゆきだるま、ゆき、雪見さん。雪見だいふく。愛されてるね、思わず目を細めたら宵風がことんと首をかしげる。 「なんでもないよ。……それより宵風」 声をかけて、右手をひらめかせる。 宵風に触るとき、いつだって壬晴は慎重だ。黙って手を伸ばさない。尋ねるし、確かめさせる。こうやって、目があんまり見えなくなった宵風にも分かりやすいように。初めて会った猫に触るときみたいに差し出して、それから宵風の左手の袖口についたベルトへ手を伸ばす。それから、ベルトの金具の辺りをぎゅっと握った。 「壬晴?」 「雪見さんが、宵風に首輪を着けておけって。でも嫌だろうし、なんだか首輪にも似てるから、ここで繋いでおいたらいいかなと握ってみた」 「握ってみたのか」 「うん。だめ?」 ちゃんと、宵風には触れないから。心の中で祈るように付け足すと駄目じゃないと呟かれて、思わず口元がゆるんだ。無関心な心が、幸福ではっきりと満たされてきしきし鳴った。 |