降らずみにもこころに嵐




そうしてある日、彼との関係性は決定的に変わった。俺がいつものようにキッチンで、夕飯後の洗い物をしていると、背後で扉が開いた。ほんとんど足音をたてない歩き方は宵風のものだ。もしかしておなかが満たされなかったのかと思い、尋ねようとした瞬間、宵風が後ろから俺の腕を掴んだ。危うく洗っていたお皿を割りかけたほど、強い力だった。
「宵風?」
手を拭いながら振り返り、宵風を見上げる。彼の表情には別段憤りの色はない。何かに怒っているのかと思ったのに。首を傾げたところで、初めて彼が、腕にけばけばしい表紙の本を抱えているのに気付いた。
「これに書いてあるとおり、壬晴に触った」
「どうしたのこの本。まさか宵風が買ったんじゃないよね」
「分刀の黒い方が『参考になるから、君も読みたまえ』って置いていったんだ」
俄雨さんか。ちなみに宵風は雷光さんのことは、ピンクの方と呼ぶ。ご丁寧に付箋がされているページを開いてみたら、クラリとするような文章が並んでいた。



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シーツの中は相変わらず寒い。ここ最近の出来事を思い出してるうち、体温であたたまってくれるかと思っていたのに。寝たいのに、眠れそうにない。何か方法を考えないと。呼吸の気配から宵風もまだ起きているのがわかった。俺はきつく瞑っていた目を開けて、宵風に声をかけた。
「俺たち少しは近づいたかな」
月明かりの中で俺の瞳が宵風を捕らえる。彼は思案するように天上を見上げたあと、囁くような声で尋ね返してきた。
「壬晴はどう思う?」
背を丸めているせいで、宵風の視線はちょうど俺と同じ高さにある。その目が微かに俯き、長いまつげが伏せられた。夜の帳に床ずれの音を響かせながら、宵風が俺の指をさぐりあて、手袋を外した生身の掌で包んだ。寒さでこわばっていた体を解いてくれるような、温もりが伝わってくる。
「理由なんてないけど、今、壬晴に触れたかった」